試論:「聖母被昇天」の理由を140文字以内で

創世記5章は義人エノクが生涯「神とともに歩んだ」結果、神が彼を地上から御自分の許に連れて行かれたと記す。神が御自分の御独り子の母としてお選びになった女性は、神とは母子関係にある以上、生涯「神とともに歩んだ」その親密度において、エノクやそれ以外の誰かに引けを取ることなどありえない。

(注)別エントリー「試論:『しもべ』と『はしため』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/9785

(注)別エントリー「試論:『契約の箱(=神の箱)』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11107

【追記】

主イエスは福音書で「自ら高ぶる者は低くされ、へりくだり自ら低くなる者は高くされる」と繰り返された。神の御独り子の母に選ばれたにもかかわらず「わたしは主のはしため」と繰り返し実際「人となられた神」に生涯仕え続けた女性が、「神と共に歩んだ」点においてエノクに引けを取るなどありえない。

(注)別エントリー「試論:『最もへりくだった女性』を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:『イエスとマリアの関係』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/7725

もし仮にそれが名もない女性だったとしても、人となられた神のために、ただただ手料理を三十年前後もの間、作り続けた女性がもしも実際に存在したとするならば、その一事のみをもって、その女性は全世界から崇敬を集めるに値する。まして彼女は、裁縫も洗濯も掃除もその他全ての神の家の家事を行った。

(注)別エントリー「試論:聖母マリアってどんな方?を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5920

【問】カトリックでは創世記3章15節および黙示録12章の「女」をマリアと解釈し、サタンと決定的に相容れない存在だと教えますが、その対立点はどこ?
【答】マリアは人々へ神の言葉には全て従うよう勧めますが(ヨハネ2章5節)、サタンはエバへ神に従わぬ(創世記3章4節)よう、言葉巧みに唆しました。

黙示録12章9節は「竜」を「悪魔とかサタンとか呼ばれる年を経た蛇、全人類を惑わす者」などと呼び、創世記3章の「蛇」と同定する。その手口は「〔神から言い渡された掟に従わなくとも〕あなたは死ぬことがない」であり、主イエスもマタイ13章39節で「毒麦を蒔いたのは悪魔」と警告されている。

【問】主イエスはヨハネ2章4節と同19章26節で母マリアのことを、「婦人」あるいは「女」呼ばわりしています。実母に対してあんまりでは?
【答】創世記3章15節で神なる主は、「蛇」に対峙する「女」について予告されました。黙示録12章は、救い主を産む「女」こそがその女性だと啓示します。

【問】どうして「女(婦人)」と「蛇」(あるいは「竜」、悪魔、サタン)とは相容れない関係なのですか?
【答】箴言3章34節は、「神は高慢な者を敵とし、へりくだる者に恵みをお与えになる」と説きます。サタンは高慢な者の象徴であり母マリアはへりくだる者(ルカ1章38節、48節)の象徴です。

黙示録12章は「女」聖母マリアと「竜」サタンとの決定的対立を象徴的に描く。それはマリアの賛歌や箴言3章34節「神は高慢な者を敵とし、へりくだる者に恵みをお与えになる」の通りで、後に主イエスも、「自ら高ぶる者は低くされ、へりくだり自ら低くなる者は高くされる」と福音書で繰り返された。