【問】「預言」「悪霊を追い出すこと」「奇跡」等の事柄ばかりを追求する人々がいるようです。
【答】マタイ7章23節で主イエスは、もしも彼らが「不法を働く」のならば、「預言」「悪霊を追い出すこと」「奇跡」等の事柄は何の意味も持たず、「あなたたちのことなど、全く知らない」と拒絶されます。
(注)別エントリー「試論:『不法』って、何??を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/26773
【追記】
【問】マタイ7章23節は「あなたたちのことは全く知らない。不法を働く者よ、わたしから離れ去れ」と記しますが、「不法」って、何?
【答】「法」とはマタイ7章12節の《キリストの律法》「他の人からしてもらいたいことならば全部あなたから他の人にしなさい」で、「不法」はそれに背くことです。
【問】マタイ7章13節の「狭い門」って、何?
【答】「門」とは天の国に入るための「義の門」(詩編118編19節)のことで、入るためには《キリストの律法》を日々実践しなければなりませんが、なぜか信者を自称する人々ですら、この「門」に関心を持つ者は多くなく、ゆえに「狭い」と呼ばれます。
A.他人からしてもらいたいことを他人に行う(マタイ7章12節)。
B.他人からしてもらいたいことを他人に行わない。
C.他人からしてもらいたくないことを他人に行う。
D.他人からしてもらいたくないことを他人に行わない(トビト4章15節)。
「愛」はAとDであり「愛の反対」はBとCである。
(注)別エントリー「試論:『愛』と『愛の反対』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/12199