【問】なぜ旧約聖書の預言書は、エルサレムが神に対する背信に走った時、娼婦や遊女に喩えましたか?
【答】旧約の民は、神と神の民との関係を花婿と花嫁に喩えます(イザヤ62章5節)。娼婦とか遊女というとドキッとする強烈な表現になりますが、少しやわらかく表現すれば「浮気女」ということです。
【追記】
【問】では、黙示録に登場する「大淫婦」も、その脈絡で言えば古代のエルサレムを指していますか?
【答】エルサレムは主イエスの入城の際には歓呼をもって迎え入れましたが、数日のうちに裏切り夜中に急襲して逮捕し、一日のうちに死に至らしめました。いくら「浮気女」だとしても、究極の悪事でした。
(注)別エントリー「エルサレムがバビロンと呼ばれた理由」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/1962
【問】旧約聖書の預言書は、おもにどこでエルサレムの「浮気女」ぶりを非難していますか?
【答】黙示録の本文で「淫婦」を表すギリシア語と同じ語が、早くも古代ギリシア誤訳イザヤ1章21節で登場します。他にはエレミヤ2章と同13章27節や、エゼキエル16章(特に30節)と同23章などです。
【問】黙示録の「大淫婦」とは現代や近未来に存在している何者かの存在を指しているのでしょうか?
【答】ヨハネに対して啓示がなされた際、最初と最後に、「すぐにでも起こるはずのこと」と釘が刺されています。主イエスと同じ時代を生きたヨハネにとって、それは約二千年後のことになるのでしょうか?
【問】なぜ紀元七〇年のエルサレムと神殿の滅亡が、キリスト教にとって重大な意味を持つのですか?
【答】主イエスはマタイ5章18節で、「天地」が消え失せるまではモーセの律法の時代が続くと仰せになりましたが、詩編78編69節においては、「天地」はエルサレム神殿の比喩として用いられました。
(注)別エントリー「試論:『天地が消え失せるまで』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11358