試論:ルカ11章41節「器」?を140文字以内で

【問】「器の中にある物を人に施せ」? 何のこと?
【答】古代のヘブライ人は人間を「土の器」に喩えます(イザヤ45章9節)。主イエスの真意は「あなたたちは杯や皿の外側を清めても自分という器の内側を清めない。自分の内面を清め心の中の清い思いだけを他人に与えるなら、全て清いことになる」。

(注)別エントリー「試論:『土の器』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/6902

(注)別エントリー「『土の器』(つちのうつは)」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/14324

【追記】

ルカ11章41節の「器」は詩編31編13(12)節の通り人間を指し、「器の中にある物」は神が吹き込まれた「命」(創世記2章7節)である。「命」は申命記30章15節では「幸い」と同義で、「ただ器の中にある物を施せ」の真意は《あげ足取りをやめて隣人を幸福にすることだけ考えよ》である。

(注)別エントリー「試論:ルカ11章41節の『器』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11799

(注)別エントリー「試論:『道・真理・命』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11332

(注)別エントリー「試論:『わたしは命である』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11586

(注)別エントリー「試論:なぜ『わたしは命』?を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/11740