【問】主イエスはルカ11章9節で「求めなさい、探しなさい、門をたたきなさい」と仰せになりましたが、具体的に何をすればいいの?
【答】ルカ11章と同じ内容の箇所はマタイ7章にもあり答えはそこに記されています。「あなたが他の人からしてもらいたいことを全て、あなたから他の人にしなさい」。
(注)別エントリー「試論:『愛』(キリストの律法)を140文字以内で」も参照のこと。
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【追記】
【問】「狭い門」(マタイ7章13節)って、何?
【答】前節の《キリストの律法》(一コリント9章21節、ガラテヤ6章2節)と呼ばれる「他人からしてもらいたいことを全部あなたから他人にしなさい。これが律法であり預言者〔の教え〕」という御教えです。その重要性を多くの人が見過ごしています。
【問】「命に通じる門」の「命」って何?
【答】古代のヘブライ人にとって「命」とは申命記30章15節の通り、あらゆる幸福の総称ですが、ここでは「永遠の命」(マタイ25章46節)つまり天国の福楽を意味し、そこに至るためには、《キリストの律法》(同7章12節)に忠実である必要があります。
【問】主イエス御自身の御教えを通らなければ、というのが大前提ですか?
【答】ヨハネ福音書において主イエスは「命」(14章6節)「門」(10章9節)「道」(14章6節)等と自称されました。キリスト教である以上は、キリストが実際にお話しになった内容を含む四福音書が聖書の中で最優先です。
(注)別エントリー「試論:『門・道・真理・命』誰?を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:『道・真理・命』を140文字以内で」も参照のこと。
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【問】創世記から黙示録まで聖書全体を何回も読みました。でもキリスト教がよくわかりません。
【答】一コリント3章11節はイエス・キリスト以外には「土台」はないと記しますが、主イエス御自身はマタイ7章24節以下で、「わたしのこれらの言葉」すなわち山上の説教こそ「土台」であると仰せです。
【問】読み方を変える必要がありますか?
【答】キリストの御教えをよく理解するためには当然、主イエスが世におられた際に実際にお話しになった御言葉から最初に学ばなければなりません。福音書の中の主イエスの御言葉こそ基本で、それを飛ばして聖書の他の部分を読んでも、得るものはないと思います。
(注)別エントリー「試論:『神の御言葉』を140文字以内で」も参照のこと。
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