「イエスを試そうとして」?

【問】福音書には「イエスを試そうとして」という表現が登場しますが、なぜ当時のユダヤの人々はイエスを試そうとしたのですか?
【答】イエスが本当に、旧約のイスラエルの預言者たちが語っていた「メシア」(キリスト、救い主)に該当するのかどうかを、彼らなりの方法で、確認するためです。

【問】それは当時のユダヤの人々にとって重大な問題でしたか?
【答】もしイエスが本当に昔の預言者たちが語っていた「メシア」なら、当時の全てのイスラエル人はイエスに従わなければなりませんが、もしイエスが偽の「メシア」で、神の子になりすます者ならば、彼は冒涜者として死ななければなりませんでした。

【問】ヨハネ福音書で何度もイエスが石を投げつけられそうになるのは、そのためですか?
【答】レビ20章では、冒涜を含む重大な罪を犯した者たちに対する刑罰として、投石による死刑を定めていました。使徒言行録7章のステファノの殉教やヨハネ8章の姦通の女のエピソードが、それと関係しています。

【問】ではマタイ16章16節でシモン・ペトロが「あなたは生ける神の子メシア(キリスト)」と宣言した意味は?
【答】20節で主イエスは御自分がメシアであることを〔当座は〕誰にも話さぬようにと皆に命じられました。最終的に御自身はいずれ死ななければならないがそれはまだ先のことだからです。

【問】なぜイエスは投石刑ではなく十字架刑で殺されたのですか?
【答】本来、モーセの律法の立場では、古代イスラエルの冒涜者はレビ20章2節の通り、投石刑相当でした。しかしヨハネ11章でラザロの復活を目撃したユダヤ人の多くが、やはりイエスこそ本物の「メシア」ではないかと考え始めました。

【問】ヨハネ11章45節以下にはユダヤの最高法院の問答が記されます。
【答】ラザロの復活を目撃した人々を説得するのは困難とみた最高法院の人々は、イエスの存在はローマにとっての脅威という論理でローマにイエスを処刑させ、冒涜者に対する投石刑ではなくて政治犯に対する十字架刑となりました。

【問】イエスが「メシア」であるかどうか白黒をはっきりさせず、「灰色」のままの方がイエスは長生きできたのではないでしょうか?
【答】もちろんそうですが主イエス御自身がマタイ20章28節で、御自分が世に来られた目的を「多くの人の身代金(代価、あがない)として身を献げるため」と仰せです。

(注)別エントリー「試論:マタイ16章20節の意味を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/27945

【問】なぜ主イエスはここで御自分が救い主であることを誰にも話さぬように命じられましたか?
【答】まだこの時点では、使徒たちでさえも救い主がどのような定め(21節)であるのかまるで理解しておらず、ペトロは「そんなことがあってたまりますか」と口にして主からサタン呼ばわりをされています。

【問】主イエスがペトロをサタン呼ばわりされた、その意図は何ですか?
【答】この場合の「サタン」は「邪魔をする者、行く手を阻む者」の意味で、「あなたはわたしのことを思ってそのように言うのだろうが、それではわたしは救い主としての使命を果たさないことになってしまう」が裏側にある仰せです。

【問】「救い主としての使命」って一体何ですか?
【答】「多くの人の身代金(=あがない、代価)として自分の命を献(ささ)げる」(マタイ20章28節、マルコ10章45節)ことで洗礼者は「世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1章29節)、聖母は「偉大なこと」(ルカ1章49節)等と呼びます。

ヘブライ2章13節以下は、御父が御自分に委ねられた者たちが人間である以上、御子も神のままで神であられながら人間の肉体と魂を担われたが、それは悪魔の罪と死の支配から人々を解放するためと記す。マリアの賛歌は神が人間の肉体と魂を担われた事実を「偉大なこと」(ルカ1章49節)と表現した。

(注)別エントリー「『偉大なこと』(ルカ1章49節)???」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/27791

ダニエル9章26節はメシアの死の後に次の指導者となる国民がエルサレムを滅ぼすと預言する。大昔モーセは鷲にたとえられる国民がヘブライの民を滅ぼすと預言した(申命記28章49節)。イエスには死んでもらうと決めた人々は「その国民とはローマ人」だと認識していたとヨハネ11章48節が記す。

(注)別エントリー「ダニエル9章の『七十週』預言」【再投稿】も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/18148

(注)別エントリー「試論:『実現の日』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/9074