【問】マタイ22章「婚宴のたとえ」の「王子」って、誰?
【答】「王」は御父である神、「王子」は御子である神すなわち主イエス・キリストです。前の21章「ぶどう園と農夫のたとえ」から内容的には続いており、前章では「ぶどう園の主人」が御父である神、「主人の息子」が主イエス・キリストです。
【追記】
【問】22章の「婚宴のたとえ」では、「王子」はどうなりましたか?
【答】21章の「ぶどう園と農夫のたとえ」では、最後に「主人の息子」が派遣されますが、殺されてしまいます。22章の「王子」もそれと同じように、6節で「人々」に乱暴され殺されてしまう「王の家来たち」の中に含まれています。
【問】「人々」に乱暴され殺されてしまう「主人の息子」「王子」って、誰のこと?
【答】もちろん主イエス御自身のことです。これをお話しになったほんの数日後、主は多くの人から唾を吐きかけられ拳で殴られ、平手打ちにされ小馬鹿にされ、鞭で打たれ葦の杖で殴られ十字架を背負わされて殺されました。
ヨハネ3章29節の通りヘブライ人は神を花婿に、神の民を花嫁に喩えた。従ってマタイ22章8節以下の通り、婚宴とは神が神の民の中の相応しい人々を神の国に迎え入れ喜びを共にすることである。主イエスは御受難と御復活の間に新しい天・地・エルサレムを創造され、旧約の義人たちを迎え入れられた。
(注)別エントリー「試論:マタイ22章8節『婚宴』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/27859
(注)別エントリー「試論:『聖書が実現するため』?を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/17226