【問】なぜマタイ4章16節は、ガリラヤを「暗闇」「死の影の地」と表現したのですか?
【答】聖家族がエジプトに避難している間、ガリラヤのユダ(使徒言行録5章37節)が個人的な野心からローマに反乱を起こし、数年に及ぶ戦火でガリラヤは荒廃したため暗い記憶が人々になお生々しかったからです。
【追記】
【問】なぜ救い主は暴君ヘロデの晩年に到来されたの?
【答】前王朝の重臣ヘロデが王位を奪い独裁者になって三十余年、古代ユダヤには権力志向の風潮が蔓延し、ヘロデの死後などは、彼の奴隷や無名の羊飼いの兄弟さえも王になろうと決起する有様でした。真の「ユダヤ人の王」はそんな中で生まれました。
(注)別エントリー「ダニエル書7章:地上に興る第四の王国」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/4631
聖家族がヘロデの追及を逃れてエジプトに避難した後、ヘロデ没後の混乱に乗じガリラヤのユダがローマの住民登録に対して大規模な反乱を起こした。ベツレヘムで住民登録に参加した聖家族は、ただそれだけで親ローマ派と見なされる危険があり、この反乱が鎮圧されるまでは故郷に戻ることができなかった。
使徒言行録5章37節は「ガリラヤのユダ」が反乱の指導者となり滅びたと記す。ヘロデ大王死後の混乱に乗じて勢力を拡大した彼は、ローマの住民登録への反対を掲げ、登録した者を親ローマ派と見なして敵視した。彼の滅亡を確かめた上で(マタイ2章20節)、聖家族はエジプトから帰還したはずである。