ヘブライ語の「知る」とは、「実感(体感)する」「実体験を通して、より詳しく感じ取る(思い知る)」の意味合いである。故に創世記4章1節「アダムは妻エバを知った」のように男女関係の婉曲表現でもあった。アダムとエバは禁断の木の実を食べて楽園を追われ、喜びと悲しみの違いを思い知らされた。
【追記】
創世記で「善」「悪」と日本語訳されるヘブライ語は、「好ましいもの」「好ましくないもの」の総称である。アダムとエバは楽園を追われて初めて自分たちが神からの完全な保護を当然のように享受していたことを実感した。二人はその後さまざまな苦難や悲しみに遭遇したが、楽園には二度と戻れなかった。