試論:「人心荒廃は滅亡の前兆」を140文字以内で

主はマタイ24章10節と12節で、人心の荒廃が神殿の滅亡に先立つことを予告された。一方で一世紀ユダヤの歴史家ヨセフスは、紀元七〇年のエルサレム滅亡以前に暗殺や強盗殺人がユダヤの各地で頻発し、加害者が相手をローマの手先呼ばわりして自分たちの悪事を正当化していた事実を著作に記述した。

(注)別エントリー「『荒廃をもたらす憎むべきもの』とは何か」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/84

(注)別エントリー「試論:ガリラヤのユダを140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/9363

(注)別エントリー「試論:古代ユダヤの社会不安を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/6268

【追記】

主はルカ17章で「一人は連れて行かれ、他の一人は残される」と繰り返され、21章24節では連行の状況を御説明された。ユダヤの歴史家ヨセフスは、紀元七〇年の滅亡の際にローマ市民権を持たぬユダヤ人投降者は妻子ごと奴隷とされ売り飛ばされたがローマ市民のユダヤ人は放免されたことを記述した。

(注)別エントリー「試論;連れて行かれるのはどこ?を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/6151

(注)別エントリー「試論:『一人は連れて行かれ〜』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5819