ミケランジェロのモーセ像に角(つの)がある理由

(以下、聖書の日本語訳はフランシスコ会聖書研究所訳によります)

◯サムエル記上2章1節
「ハンナは祈って言った、『わたしの心は主にあって喜び、わたしの角(つの)は主によって高く上げられます。わたしは敵に向かって大きく口を開き、あなたに救われたことを喜びます』」

フランシスコ会聖書研究所訳の欄外の注には、「『角』は力の象徴。」とあります。

上掲のハンナの言葉は、次に示す10節で締めくくられています。

◯サムエル記上2章10節
「『主は逆らう者を打ち砕き、彼らに向かって天から雷鳴をとどろかせます。主は地の果てまで裁きを及ぼし、王に力を与え、油注がれた者の角を高く上げられます』」

◯詩編75(74)編5節~6節、11節
「『わたしは高ぶる輩(やから)には《高ぶるな》と言い、悪い輩には《角(つの)を上げるな》と言う。お前たちの角を高く上げるな。高慢なことを言い張るな』」
「『わたしは悪い者の角をことごとく折る。正しい者の角は高く上げられる』」

この「角(つの)を上げる」という表現とは、明らかに「威光を輝かせる」ということについてのレトリック、比喩──つまりヘブライ語の慣用句であることがうかがえます。

◯詩編89(88)編18節、25節
「あなたは彼らの力の輝きであり、あなたの恵みによって、わたしたちの角(つの)は上げられる」
「わたしのまことと慈しみは彼とともにあり、わたしの名によって彼の角は高められる」

◯詩編92(91)編11節
「あなたはわたしの角(つの)を野牛の角のように上げ、わたしに新しい油を注がれました」

◯詩編112(111)編9節
「その人は惜しみなく貧しい者に施し、その義はとこしえに続き、その角(つの)は高められて栄えを得る」

◯詩編148編14節
「主はご自分の民の角(つの)を高く上げられた。これは忠実な者がみな賛美するもの。主に近い民イスラエルの子らの賛美の的。ハレルヤ」

◯歴代誌上25章5節
「彼らはみな王の先見者ヘマンの子らである。神はヘマンを高めるために、約束どおり十四人の息子と三人の娘を授けられた」

フランシスコ会聖書研究所訳の欄外の注には、「『高める』は、直訳では『彼(ヘマン)の角を高める』。」とあリます。

◯詩編132(131)編17節
「わたしはダビデのために角(つの)を生えさせ、わたしの油注がれた者のためにともしびを備えよう」

◯哀歌2章17節
「主は意図していたことを実行された。ご自分の言葉を実現された。その昔、命令されたことを。主は容赦なく破壊し、お前のことで敵を喜ばせ、お前の敵の角を高々と掲げられた」

◯エレミヤ書48章25節
「モアブの角(つの)はたたき切られ、その腕は折られた。──主の言葉」

◯エゼキエル書29章17節
「その日、わたしはイスラエルの家のために一つの角(つの)を生えさせる。また人々に向けてお前の口を開く。その時、わたしが主であることを彼らは知るだろう」

最後にもう一度、重ねて強調しますが、旧約時代のヘブタイ語の表現「角(つの)を上げる」とは、明らかに「威光を輝かせる」という事柄を意味している、二千年以上も前から存在する古風なレトリック、慣用句であることがうかがえます。

(日本語にも、「角(つの)」に関する慣用句として、「角突き合わせる(=不仲で常に対立している)」「角を折る(=強情を張るのを止め素直になる)」「角を出す、生やす(=〔特に女性が〕焼き餅を焼く)」などがありますが、その意味合いには聖書ヘブライ語とは異なるものもありますね)