ヨハネ3章29節の通りヘブライ人は神を花婿に、神の民を花嫁に喩えた。従ってマタイ22章8節以下の通り、婚宴とは神が神の民の中の相応しい人々を神の国に迎え入れ喜びを共にすることである。主イエスは御受難と御復活の間に新しい天・地・エルサレムを創造され、旧約の義人たちを迎え入れられた。
(注)別エントリー「試論:『聖書が実現するため』?を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/17226
【追記】
主イエスは福音書で自身の御受難と御復活を随所で暗示されたが、御受難と御復活の間に御自分がどんな働きをなさるかについても、ヨハネ14章2節から3節で予告された。それはイザヤ65章17節以下の「新しい天・地・エルサレムの創造」預言の成就であり、御自身の復活の体の創造で完成の時を見た。
(注)別エントリー「主の御復活とともに創造された事柄とは」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/15917