ゼカリヤ書」カテゴリーアーカイブ

試論:ネヘミヤ6章の「預言者」を140文字以内で

バビロン捕囚から帰還したユダヤ人が、周辺異民族の妨害でエルサレム復興に苦心していた紀元前五世紀、総督ネヘミヤの調査により当時の「預言者」たちが周辺異民族に買収され偽の「預言」を発していた不祥事が判明した(ネヘミヤ6章)。以後、洗礼者の登場まで預言者が公然と活動することはなかった。

(注)別エントリー「試論:マラキから洗礼者までを140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/6696

(注)別エントリー「試論:ゼカリヤ13章を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/6121

【追記】

捕囚からの帰還後、預言者ゼカリヤは、イスラエルの「預言者」が偽預言者として神と民から排斥される時代を預言した(ゼカリヤ13章)。数十年後、総督ネヘミヤ時代(ネヘミヤ6章)、敵にイスラエルの「預言者」が買収され、城壁の完成を妨げるために「預言」していた不祥事が、発覚した(12節)。

福音書の時代のユダヤ人は、自分たちの間で真の預言者が四百年以上も活動していないことを強く自覚しており、またそのきっかけとなったのがネヘミヤ6章の買収事件であることも知っていた。もし真の預言者が登場するとしたら、なによりも買収とは無縁な克己心の強い人物であるべきだとよく弁えていた。

主はマタイ7章15節で偽預言者を警戒するよう仰せになったが、申命記18章22節は「預言者が主の御名によって語ってもそれが起こらず実現しなければそれは主が語られたものではない」と教え、エレミヤ28章9節でも幸福を預言する者はそれが実現しなければ主の預言者とは認められないとしている。

(注)別エントリー「試論;偽預言者と滅亡を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5401

(注)別エントリー「試論;『人を惑わす霊』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/5682

ダニエル9章24節はメシアについて預言の時代を封印する存在だと預言し、主はルカ21章22節で、(紀元七〇年の)エルサレム滅亡で旧約聖書の全預言が成就し預言の時代が終わると仰せになった。故に紀元七〇年以降の国際情勢と旧約聖書の預言は無関係で、関係ありとする強弁は主の御言葉に反する。

(注)別エントリー「試論:主イエスと旧約聖書の預言を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/7462

(注)別エントリー「試論:旧約聖書の預言を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/4783

(注)別エントリー「試論:『大艱難時代』を140文字以内で」も参照のこと。
http://josephology.me/app-def/S-102/wordpress/archives/4807