二テモテ4章3節以下では、やがて人々が健全な教え、すなわち神の御独り子イエスが人間の世に来られた時に実際に仰せになった御教えからそれて行き、替わりに人々はただ自分に都合のいい話を聞くために真理(=主イエス。ヨハネ14章6節)の言葉から耳をそむけて、作り話に引かれて行くと警告した。
(注)別エントリー「試論:『イエスは全人類の模範』を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:預言解釈の基本を140文字以内で」も参照のこと。
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【追記】
ヨハネ1章はイエスを「言(ことば)」と呼んだ。これは「天使や預言者を介してではなく直接人々にお話しになる神」主イエスを表す称号であり主が直接人々にお話しになった御言葉を記したものが福音書である。福音書を顧みず他のものばかりに目を奪われ続けるならばイエス・キリストがわからなくなる。
(注)別エントリー「試論:『神の御言葉』を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:ヨハネ1章1節を140文字以内で」も参照のこと。
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(注)別エントリー「試論:『福音書を読まないこと』を140文字以内で」も参照のこと。
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